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【祖母の死から学んだこと】後悔のない人生を歩むために家族を愛するということ

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「あきら、おばあちゃんが亡くなったよ。」

仕事をしていた僕に1本の電話が入り、親からこんな言葉を告げられました。かなりのショックを覚えたのを今でも覚えています。

 

「まだ大丈夫。まだ大丈夫だよね。ちゃんと落ち着いた時に会いに行くからね。」

祖母はなんだかんだで元気だから、まだ会わなくても大丈夫だろう。この時の僕はこんなことを思って、仕事を言い訳に祖母にしばらく会っていませんでした。

 

結果、祖母の最後の言葉を聞けず、祖母は亡くなってしまいました。『後悔先に立たず』とは、まさにこのことを言うのでしょう。

 

しかしそんな後悔をきっかけに、僕は家族との付き合い方やこれからの生き方を変えるようになっていったのです。

今回は、そんな過去の僕の体験談をお話していこうと思います。

祖母が実家の近くに引越し。しかし、会わない日々が続く

祖母が実家の近くに引越し。しかし、会わない日々が続く

もともと祖母は、島根の田舎にて過ごしていました。山の中の、限界集落に近しい場所だったのですが、自然あふれるいい場所でもありました。

 

しかし祖父が亡くなったことをきっかけに、祖母は娘(僕の母)の実家でもある香川県の老人ホームに引越し。「余生をのんびり過ごそう」と家族の提案もあって、家から近い場所で過ごすことになったのです。

 

ただ慣れない環境に引越したせいもあってか、祖母はご飯もまともに食べないような毎日が続きます。段々と衰弱していく姿に、僕の母は毎日のように泣いていました。

 

「あきらもよかったら、おばあちゃんの顔を見てやってよ。」

孫の姿を見せれば、ちょっとは元気になるはず。そう思った僕の母は、こんなことを頻繁に言ってきたのです。

 

ただ僕はそんな祖母を見たくないのか、あまり老人ホームに顔を覗かせることはありませんでした。仕事の忙しさを言い訳にして、「落ち着いたら行くね」と言って、おばあちゃんに会いに行くことをしなかったのです。

 

しかし祖母に会いに行かなかったことを、僕は後になって後悔してしまうことになります。

「もっとおばあちゃんと話をしておけばよかった…」と。

大好きだった祖母が死亡|しばらく会えずにいたことへの後悔

仕事中に電話がかかってきました。内容は「祖母が亡くなった」というもの。その電話を聞いて、頭が真っ白になってしまったのは今でも鮮明に覚えています。

 

このとき頭をよぎった言葉としては、以下のようなイメージ。

こんな後悔の言葉が、頭をよぎりました。

 

しかし後悔してても何も始まりません。今できることは、とにかく祖母の訃報を受け止めること。母親は悲しんでいるばかりだけど、葬儀に向けて準備をしなくてはいけません。

 

「男の僕が母さんを支えるんだ!」

そんな思いでいたせいか、涙を流す暇もなく葬儀の準備を進めていきました。

時間は戻らない。改めて大切な人を亡くすことの重要さを知る

時間は戻らない。改めて大切な人を亡くすことの重要さを知る

ある程度落ち着いて、お通夜が終わったあと。亡くなった祖母と2人っきりになる時がありました。他の家族は家に荷物を取りに行き、僕だけが祖母と一緒に葬儀社に残るという時間があったのです。

 

そこまでは、葬儀の準備や母親のために頑張っていた僕ですが。いざ2人っきりになると、涙をボロボロと流してしまいました。

 

「本当にごめん。おばあちゃん。。。」

この時の謝罪は、会える距離にいたのに会いにいこうとしなかったことへの謝罪です。ただひたすらに、棺に寄りかかって何度も謝っていました。

 

時間を戻すことはできません。本当だったら何度も会いに行ってあげるべきだったのですが、「まだ大丈夫だろう」と勝手に思い込んでいたのです。

 

ただ、今さら何を言っても言い訳になってしまいます。改めてこの時に、大切な人を亡くすことへの重みや重要性を知ることになりました。

 

そしてここから僕は、

などを、本気で考えるようになったのです。

祖母にできる罪滅ぼしは家族を愛するということ|終活を意識し始める

祖母は、たくさんの人に愛されるような人でした。人を愛し続け、人から愛され続けるような人だったんですね。

実際に葬儀には、たくさんの人が参列をして家族を驚かせました。

 

そんな祖母に僕ができる罪滅ぼしは、祖母を愛し続けた家族を僕が代わりに愛し続けるということだけ。今まで仕事を言い訳にして家族とはあまり連絡をとっていなかったのですが、コミュニケーションを深めるようになりました。(※この時、親とは別居してました。)

 

しかし、ただ家族を愛するだけなら誰でもできます。家族を愛するということは、家族を守るとと同義。何をしていけば、家族を守りながら後悔のない未来を迎えることができるのか。

そんな疑問を抱えるようになっていったのです。

 

しかしそんな疑問を解決に導いた言葉があります。

それが『終活』という言葉でした。

終活を考えることで、大好きな家族を守れることを実感

終活を考えることで、大好きな家族を守れることを実感

終活と聞くと、マイナスイメージを持ってしまう人も多いでしょう。

実際に僕も、『終活=葬儀に向けた活動』というイメージを持っていたのは否定しません。

 

しかし終活という言葉を調べていけばいくほど、自分が思っていたイメージとは異なるということが分かりました。終活とは「自分の死に向けて準備をする活動」という意味合いもありますが、「限りある時間をどう過ごすかを考えるための活動」でもあったのです。

 

人は生きていく上で、さまざまなイベントがあります。進学や就職、結婚や介護といったイベントがある中で、どのような時間を過ごすかが非常に大切です。しかしそんな大切なイベントも、ことによっては後悔してしまうことも少なくありません。

 

「こうしておけばよかった。」「ああしておけばよかった。」などを思う人は結構多いのではないでしょうか。

 

今回の僕の場合では、祖母の介護をしたり一緒にたくさんの話をしておけば、後悔はなかったでしょう。事前に家族と「祖母の限られた時間に何をすべきか?」などを話しておけば、もっと祖母を大切にしようと思っていたはずです。

 

時間は有限であり、戻ってきません。しかしそんな人間の限られた時間をどう使っていくかを考えるのも、終活に当てはまります。

 

だからこそ僕は、終活を「終わりに向けた活動」と思わず、「後悔のない時間を生まないようにするための活動」と思い、家族との時間を優先するようになったのです。

家族みんなが終活を意識するまでに|家族の大切さを知るきっかけに

最初は家族も終活をすることに対して、抵抗を持っていたと思います。終活という言葉を聞くだけで、祖母の死を思い出す母の姿もありました。

 

しかしちょっとずつではありますが、家族それぞれが自分の人生について考えるようになり、今ではみんなが終活を意識するようになりました。

こんな話を、冗談まじりで話すことも少なくありません。

 

またお酒を飲んでいた父親から、「今の家売るつもりだったけど、止めたよ。お前に残せれるものはこれぐらいしかないから。だから俺に何かあったら、あとはよろしく頼むな。」などと言われたこともあります。

 

僕の父親はあまり家のことを喋らない人ではあったのですが、祖母の死から変わりました。終活を意識していなかったら、ここまでの変化はなかったでしょう。

 

そして僕も僕で、今の現状や未来的に何をしたいのかを把握するために、エンディングノートを購入。日々過ごしながら、大きなイベントがあるごとにノートを埋めていく毎日です。

 

改めてこれからも家族を大切にしながらも、後悔しないための毎日を過ごしていこうと思います。

この記事を書いた人

堺 彬

Twitterアカウント→@raruku_hataraku

Webライター&終活・LifeStyleサポーター。葬儀業界歴10年。

働き方や生き方を変えて、自分らしい人生を探し続ける人。

好きなことは、美味しいものを食べること。

『終活』とは自分の望む最期を迎え、人生をより充実したものにするため、生前準備を行うことです。 人生の後半戦を思う存分楽しむために『終活』を始めてみませんか? 終活に関する記事一覧
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