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会いたい人には会うべき|コロナで痛感した「いつでも会える」の幻想

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会いたいと思っていた人に、突然会えなくなった経験はありますか?
私はあります。

 

「いますぐに会わなくても、いつかは会えるだろう」
そう考えることがどれだけ愚かなことか、そのときに学びました。

 

今はコロナウイルスの出現で、人に会うことを我慢する世の中になっていますね。こんな時代だからこそ、会いたい人に会えることの素晴らしさをもう一度考えてみようと思います。

あるフィギュアスケート選手の死がもたらした後悔

クローバー

2018年7月19日。何気なくネットニュースを見ていた私の目に、ある記事のタイトルが飛び込んできました。

デニス・テンという、カザフスタンのフィギュアスケート選手が亡くなったというニュース。

 

2014年のソチオリンピックで金メダルを獲得したのが羽生結弦選手でしたが、そのときに銅メダルだったのがテン選手です。カザフスタンの英雄で、日本にもファンがたくさんいます。

そして私も、彼を応援しているファンの1人でした。

 

テン選手は当時まだ25歳。しかも死因は、強盗に襲われて大量失血したことだと記事に書いてあるではありませんか。信じたくない気持ち、怒り、悲しさ、悔しさ。いろんな気持ちが渦巻いて、数日は何も手につかなかったことを覚えています。

 

気持ちが落ち着いてくると、1つの大きな後悔が襲ってきました。
私は一度も、生でテン選手の滑りを見たことがなかったのです。

 

「いつかは現地へ観戦に行きたい」そう思っていたのに、実行しなかった。
「行こうと思えばいつでも行ける」なんて、都合よく考えていた。

 

応援したい、一度は会ってみたい。そんな人がいるだけで素晴らしいことなのに、それを後回しにするという考えがどんなに愚かなことか、テン選手から教わったのでした。

「今」を大切にようと思えるできごとは、人生の中で何度もあるはず

人生の中で、「今」を大切にする重要さを感じるできごとは、いくつかあるはずです。

 

2011年3月11日に、東日本大震災が発生しました。

実はその3日前、私は人生の大きな転機を迎えていました。3月8日に、夫と入籍したのです。

 

入籍して3日後の大きな災害。直接的な被害はありませんでしたが、やはりショックは大きかったです。私たちと同じように、結婚を控えていたカップルがたくさんいたはず。宮城県を旅行したときに見た風景、宿泊したホテル、お寿司屋さんに案内してくれた親切な人はどうなっただろうか。

 

そんなことを考えて、いたたまれず、やるせない気持ちになりました。

 

3月10日は、今日と同じような3月11日がやってくる。当たり前のようにそう思っていました。だけど、そうじゃなかった。日本中の人が、平穏な日常は当たり前じゃないと痛感した日だったのではないでしょうか。

 

災害が奪うのは人命だけじゃありません。

 

いつかは見たい、もう一度訪れたいと思っていた風景までもを奪ってしまいます。福島の原発事故のために、今もふるさとへ帰れていない方々がいますね。心のよりどころとなっている原風景がなくなってしまう喪失感は、想像もつかないくらい大きなものでしょう。

 

日本は災害が多い国で、毎年のようにどこかで大きな被害があります。

 

2016年、熊本地震。2017年、九州北部豪雨。2018年、西日本豪雨、北海道胆振東部地震。2019年、長野県の千曲川決壊、千葉県の台風15号。少し振り返っただけで、こんなにもたくさんの災害がありました。もちろん、ここに挙げていない災害もたくさんあります。

 

災害ではないけれど、沖縄の首里城が全焼するという事故もありました。

 

私たちはこういった被害を見る度に、人の命は当たり前ではない、今あるものが明日もあることは当たり前ではないと感じているはずです。「今」を大切にしなければ、と胸に刻んでいるはずなのです。

 

それなのに。

 

月日が流れていくうちに、私はまたこう考えてしまいます。
「今日のような明日が、また明日も来る」と。

行動を変えれば、後悔は少なくなる

そんな私ですが、「あのときよく行動を起こして会いに行ったな」と思えることが2つあります。

 

私は北海道日本ハムファイターズの吉田輝星選手の大ファンなのですが、吉田選手が登場するイベントに、片道5時間かけて参加したことがあるのです。

 

日帰りは難しく1泊したのですが、当時私たちの子どもはまだ4歳と2歳。子どもたちの面倒を見てもらえるよう、姑か実家の両親にお願いしなければなりませんでした。普段の私なら、その時点で諦めてしまうところでしょう。

 

だけどあのときは、どうにかして会いに行くことしか考えれなかったのです。

それはやはり、「会いたい人にはいつでも会える」なんて幻想であることを、人生の中で学んでこれたからだと思います。

 

また2019年の夏には、私が応援しているロシアのフィギュアスケート選手が来日してアイスショーに出演することになりました。それまでの私なら「会場が遠いし」「育児中だし」「お金かかるし」「それにまたいつか来てくれるだろうし」と、行けない理由を並べて見に行くことを諦めていたことでしょう。

 

だけどテン選手が亡くなったとき、めちゃくちゃに後悔をした私は、そう考えることはしませんでした。
「今こそ会いにいくべきときだ」と思えたのです。

 

とはいえ。

コロナウイルスが出現して人と会えない時代が来ることは、全く想像していませんでした。日常を過ごしているうちに「同じような毎日が続くな」と、ついつい思っていたようです。

 

本当に、人生何が起こるか分かりません。

「いつでも会える」は幻想でしかない

そもそもなぜ、私たちは会うことを先延ばしにしてしまうのでしょうか。

 

会いたい人に会おうと計画するとき、たくさんの「面倒」と戦わなければいけないのが原因の1つでは、と私は考えています。

  1. スケジュールのすり合わせをする面倒さ
  2. 日程に合わせて仕事の調整をする面倒さ
  3. 家の用事を家族に頼む面倒さ
  4. 子供の世話を誰かに頼む面倒さ
  5. 会う場所へ行く方法を調べる面倒さ
  6. 旅費のやりくりを考える面倒さ

誰かと会うまでに、これだけのステップが必要ですから、億劫に感じてしまうのも仕方ないのかもしれません。

 

私も、吉田選手のイベントに参加するとき、アイスショーを見にいくとき、こういった「面倒」と1つずつ戦いました。

 

いま、コロナ禍のために野球やフィギュアスケートの試合を現地で観戦できない現実があります。あのとき、もしイベントやアイスショーへ行くことを諦めていたら、このコロナ禍を後悔にまみれて暮らしていたことでしょう。面倒を乗り越えて会いたい人に会いに行けば、人生の後悔が少し減らせるようです。

 

それに、会えたときにもらえたパワーは、必ずプラスに働きます。会えたからがんばろう、また会うためにがんばろう。そう思えたら、毎日を前向きに暮らせますよね。

 

コロナ禍が訪れる前の行動を振り返ると、2人の推しに会いにいったことは大満足です。

だけど、コロナで実現できていないこともあります。それは秋田の友だちに会いに行くこと。

 

うれしいことに、私が応援している吉田輝星選手の地元・秋田にお友達ができました。もちろん、お友達も吉田くんのファンです。2020年5月には、飛行機もホテルも手配して、あとは秋田に行くだけ!というところまで行きましたが、緊急事態宣言の延長で叶いませんでした。

 

そのときはすごく悲しくて残念な気持ちでいっぱいになりましたが、今は気持ちを切り替えられています。

「このコロナ禍を無事に切り抜けることができたら、秋田に行ける」と。会いたい人がいるから、毎日をコツコツとがんばれます。

 

あなたは、コロナが収束したら何をしたいですか?
まずは会えていない人に、会いにいきませんか?

 

会いたい人に会えるって、本当にすばらしいことですから。

この記事を書いた人

タチバナ リリコ

Twitterアカウント→@ORANGE100e
ライター・ブロガーです。趣味がたくさんで常に時間が足りません。日ハムの吉田輝星選手を全力応援中。ピアノ中級者から上級者になりたい。

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